"海紅社の文学的系譜"


中塚一碧楼(なかつか いっぺきろう)

自由律俳句創始者(広辞苑では自由律俳句の創始者は荻原井泉水とされているが、 資料研究によって自由律俳句を最初に標榜したのは中塚一碧楼であることが 明らかにされている)。

師匠関係は、正岡子規→河東碧梧桐→中塚一碧楼となる。

詳しくは、一碧楼物語のコーナーに連載中。

中塚檀(なかつか まゆみ)

一碧楼の息子。海紅を更に前進させるべく新時代の海紅句へ向かって歩み始めたが 惜しくもこれからと言うときに亡くなられた。

中塚唯人(なかつか ただと)

中塚檀の息子にして現在の社主。 海紅のさらなる文学的復権をもくろみ、 先達の海紅俳人をはじめ河東碧梧桐の発掘を目指す。 伝統を重んじつつも自由律俳句の文学的可能性を とことん追求するべく研鑽を重ねている。



"スタッフ紹介"

田中耕司: 編集委員

海紅俳句歴35年。 海紅編集委員会のキーマン。 先代社主の中塚檀に師事。 海紅俳句のテクニックに通暁する、ザ・俳句職人。 だが、職人芸に甘んずることなく更なる句境への脱却を目指す孤高の職人でもある。 そして、自らの結社として自由律俳句ラボ「御藩亭句会」を運営している。 何故か60−70年代ロックシーンにも通暁しているLP蒐集マニア。

平林吉明

フルーツ卸業を営む。 先輩俳人、山崎多加士・中塚檀に師事。 山崎多加士句集編集委員。 画家であった経歴から絵画分野における芸術的変遷と文学的変遷の視線を併せ持ち、 自らの作品の中ではその視線が複雑に絡み合った句を生み出している。 海紅俳句の伝統的テクニックを持ちながら平林俳句の樹立を目指し アヴァンギャルドな作品を展開している。最近、句集 「オノノキワハバタク」を刊行。 彼の持ってくるメロンはいつも美味い。

亀田千秋

中塚檀の最後の弟子。 単身赴任中で、二児の父親である彼の作る子供の句は無類の優しさを見せる。 だが、それだけではなく彼の句は、ただの父の愛を超越した文学性の高さを見せる。 私(HP編集担当者)のすぐ上の兄弟子でもある。

神崎創

ペンネーム:石川 聡・自由斎 俳句歴四年目の若輩者である。 この度HP担当を拝命した。 今は海紅社の編集会議で頂く御馳走や酒飲みたさに、せっせと通っているだけだが、 何時かは独自の句境をうち立てるという高邁な夢も恥ずかしながら 持っているのである。